自己表現と誤解のはざまにあるものは

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こんにちは。長谷川亜由美です。
メールやブログなど、文字だけのやりとりにおいては、声の強弱や表情がわからないため、頻繁に誤解をうむものだなーと感じています。
こっちが怒っているつもりはなくても、相手がそうとらえれば、怒っているのでしょうし、あちらはフレンドリーなつもりでも、こちらがうっとおしいと受け取ればうっとおしいわけですし、文字って、発信した側の意図をダイレクトには伝えにくいものかもしれません。
それに、文章とは、書き手のものではなく、読み手のものだと、私は思っています。
ずいぶん前ですが、歌手の浜崎あゆみさんが、ツイッターでの質問に対し、こんなふうに答えていらっしゃいました。

どなたか 「あゆの言葉はものすごく真っ直ぐだけど、時には誤解を生んじゃう事もあるような気がする」
浜崎さん 「誤解を恐れてたらこんな仕事できないし、なんとなくうやむやにして上手い言い逃れが出来る人間になるくらいなら、誤解されても構わないから正直でありたい。 」

さすが、やはり生き方として、覚悟が違います。
自己表現と誤解のはざまにあるものは「覚悟」なんだろうと、思います。
これを読んで、ますます浜崎あゆみさんが好きになりました。
お互い、受け取り方が違うのですから、誤解は生まれて当然です。
誤解を恐れないという浜崎さんの姿勢が大好きです。

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